窓の外は、まだ雨が降り続いていた。
放課後の教務棟は、人気がなく静まりかえっている。雨音がよく響いた。
職員室へと続く廊下を歩きながら、先程預かった部誌を開いた。

雨でグラウンドが使えない日は、室内で筋トレ中心のメニューをこなす。
室内といっても、体育館や室内練習場は、もちろん普段使っている部活に優先権があり、雨だからといって野球部が権利を主張できるような余地はない。
結果、空き教室や廊下、階段などを使ってのメニューとなる。
校舎を長時間占拠していられるわけもなく、今日は普段よりも格段に早く部活が終了した。

帰り支度をするために、荷物を置いていた九組へ行くと、三橋が机に向かって何かを書き付けていた。
三橋の表情を窺えば、百面相をしながら一生懸命何かを書いているものだから、それが部誌だということに思い至るまでに、随分時間を要した。
雨の日の部活の記録に、それほど懸命になることがあるだろうかと考える。
校舎内では、ボールもバットも扱うことはできず、今日三橋はキャッチボールさえしていない。
それなのに、あんなに表情を緩めて書くようなことが何かあったのかと、気になった。

別れ際、見てもいいか、と断りをいれた部誌を開き、今日のページをめくる。
ついさっき書かれたばかりのページには、上手いとは言えない三橋の字が並んでいた。
内容に目を通し、自分の口元が緩むのを自覚する。
(なるほどね)
以前は、めったに目の合うことのなかった男が、こんな風に気持ちを表現したことが嬉しかった。
(あいつ、変わったなあ。いい傾向じゃないか)
ひとり廊下で、ふふっと笑いをもらす。もしも誰かに見られていたら、かなり不気味な光景かも知れない。
口元に手をやり、少し考える。
むくむくと湧き上がったイタズラ心に忠実に、立ち止まって鞄からシャーペンを取り出した。
三橋が書き上げた部誌の最後の行の下に一行書き足す。

――阿部はひどいやつだよ



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短すぎて別ページにすることに戸惑いを感じます。
すみません、次で最後です。



to Areto H