急激に身長が伸びたのは、中二の冬だった。
あの頃、ひどい成長痛で悲鳴を必死に堪えるくらい膝が痛かった。
膝が痛くて夜眠れないということもザラだった。痛みと寝不足で日々憔悴していた。
「アンタひどい顔してるわよ」そう言った母親は常通り軽い口調だったが、真顔で言うそのギャップが彼女の心配を表していた。
本当は、あれくらいのことで病院になんか行きたくなかったが、勧められるまま診察を受け、薬で少しの痛みの軽減と寝不足を解消した。
苦しかったが、嬉しかった。
背が伸びるということが、すごく嬉しかった。

小学生の頃、梓なんていう名前のせいでよくいじめられた。
おかげで、いまでも自分の名前が嫌いだ。
中学に上がって、野球部に入った時に坊主にした。
それからは、年齢も相まってさすがにいじめられることはなくなったが、それでもからかわれることはあった。
背が伸び始めて、それに反比例するようにからかわれることも少なくなった。
同級生よりも頭ひとつ高くなった視界が嬉しかった。
背が伸びたことでやっと周りに認められたという気がしていた。

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「は、ハナイくんっ!」
すぐ後ろから聞こえた大声に驚き、振り向いた。
聞こえたのは、三橋の声だった。
三橋にしては、随分と思い切った大声だったことに驚いた。
振り向けば、確かにそこには三橋が立っていた。
ともすると、俯きがちな三橋の視線は、しかし今日はしっかりと上を向き、珍しくちゃんと目が合った。
三橋は目を逸らすこともなく顔を上げているが、なかなか次の言葉が続かない。
思わず、周りを見回す。三橋と朝の登校時間が重なることはいままでなかった。誰かと一緒に来たのかと思ったが、三橋は一人で立っていた。
「はよ。どうした?早いな」
「あ、あの、あっ!おハヨ!」
三橋は、何か言いかけたのを途中でやめて、思い出したように挨拶をした。
「えーと、歩きながらでもいいか?」
何か言いたそうなのだが、三橋が喋り出すのを待っていたら遅刻してしまう。
三橋との付き合いもだいぶ長くなり、対応の仕方も心得てきていた。
こういう場合、ただジッと待つよりは、何かのついでに待つくらいのぞんざいさがある方が返って気が楽になるようだった。
「うん。あのね、」
歩き出したオレの後を追いながら、三橋が話し出す。
「うん?」
「お、たんじょうび!おめでとう!!」
予想外の言葉に、思わず、脚を止める。
すぐ後ろをついてきていた三橋が、急停止に反応しきれず、背中にぶつかった。
「あの、オレ、去年は知らなくて、お祝いできなかったからっ」
もう一度振り向くと、打ちつけた鼻を押さえながら、三橋が一生懸命言葉を継ぐ。
黙ったまま三橋を眺めていたら、三橋の顔色が急変した。
「アッ!!?ごめっ!オレ、間違って…!今日じゃなかった?ごめん!オレ、覚えるの苦手で…」
途端下を向いてしまった三橋に、焦る。
「え!いや!間違ってない!今日だよ。合ってる。悪い、びっくりして…。ああ、ありがとな」
やっとのことで、お礼を言えば、三橋はするりと顔を上げて、ぎこちなく笑った。
「よかった。今日、ね!田島君が、、ああっ!」
三橋は自分で大きな声を出し、ビクリと肩を震わせた。
どっちかというと驚いたのはこっちだ。
「なんだよ?」
「えと、なんでもない。ごめん…なさい」
泳ぐ視線と尻つぼみになる声に、田島に口止めでもされているのだろうと、あたりをつける。
「そっか。まあ、いいや。行くぞ。あ、鼻大丈夫か?ごめんな」
「うん、平気」
三橋は短く答えて、オレの横に並んだ。

たとえば、一年前だったら、三橋は横には並ばずに、少し後ろを歩いただろう。
まえに比べれば、言葉がつっかえなくなったし、目だって合うようになった。
まさか三橋に真っ先におめでとうなんて言われるとは思ってなかったから、不意を突かれた。
四月の誕生日は、忘れられがちで、家族以外から祝ってもらうのは、なんだか久しぶりだった。
やっぱり祝ってもらえるってのは悪い気はしない。

三橋のように、目に見えて変化があるわけじゃないけど、オレだって一応、年相応の成長をしているつもりだ。
昔は、誕生日もあんまり好きじゃなかった。
でも、いまなら誕生日っていうのは、親に感謝をする日なのだということを知っている。
祝福されることの幸せを知っている。

中学時代、名前で馬鹿にされないように、なんとかしようと思って、少し無理をしてでもいろんなことを頑張った。
中二の夏に、野球部の部長に指名された。
野球部の部長は、先輩と同級生からの推薦で決まった。
あの頃のオレは、決してガタイのいい方ではなかった。
名前や背丈など、そんなことは関係なく、自分を見ていてくれたひとはきちんと見ていてくれたのだ、と。
気づけたのは、だいぶ時間が経ってからだったけれど。

それでもまだ、自分の名前は好きになれない。
だけど、もしかしたら、いつかは好きになれるときが来るのかも知れない。
そう思えるようになったことが、我ながら一番の成長だと思う。
まあ、まだしばらくは、そんな奇跡起こるはずないけれど。



2005.04.28.

HAPPY BIRTHDAY!! dear 花井梓



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花井の誕生日だからタジハナだよね、と思って書いたはずなのに、
あれ?タジ……?
三橋が書きやすいんだな、ってことを痛感した話です…。
西浦まで捏造ばっかで恥ずかしい…



ちょっとリベンジ(心意気だけ)


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