「「たんじょうび、おめでとー!!」」
部室に入った途端始まった大合唱に呆気に取られ、入り口で立ち竦んだ。
というか、立ち竦みたかった。
けれど、現実はいつでも厳しく、実際は立ち竦むことさえも許されなかった。
「花井ー!ジャマジャマ!そこどいて!!」
後ろから急き立てる田島の声に、慌てて道を空けた。

田島は、両手に抱えてやっと運べるくらいの大きな箱を持っていた。
常に大雑把な田島らしからぬ気の遣いかたで、その箱を大事そうに運んでいた。
避けたオレの横を通り抜けた田島は、開けっ放しだった部室のドアをくぐり、机の上に持っていた箱をそっと置いた。
置いてからすぐに振り返る。
「花井ー!花井!」
必要以上の大声を出し、大げさな手振りで手招きをする。
「ほらほら!開けて!」
期待に満ちた目でジッと見られ、嫌な予感がしつつも、恐る恐る机に近づいた。
「え?なに?」
いまいち状況を掴めず、不審な大きな箱を前に困惑する。
まわりを見回しても、みんな遠巻きに見守っているだけで、誰も助けてくれない。
「いーから!コレ、開けてみ!」
ニコリと邪気のない笑顔で、強引に手を引かれた。
結果はどうあれ、田島のやることには、いつでも悪意はない。
だから、いつでも結果を見る前にダメだ、とは言えないんだ。
オレが甘いんじゃない。田島の常識がズレてるんだ。

オレが躊躇っている間も、田島は休むことなく、開けろ開けろと隣でせっつく。
今度は何をやってくれるのかと、身構えるけれど、やっぱり拒絶はできなくて、促されるまま箱に手を掛けた。
覚悟を決めようと思って、しかし、触った箱をよく見てみれば、その箱の構造から中身が予測できた。
大きな四角い箱は、蓋になっている箱の大部分を真上に上げれば、開くようになっていた。
こういう仕組みの箱に入っているものは、相場が決まっている。
今日が誕生日だという要素も鑑みて、まず間違いないだろう。
中身の予想がついたことで、若干の余裕が生まれた。
オレは、いつになく平常心でその箱を開けることができた。

果たして、中から出てきたものは、ホール丸々のでかいバースデーケーキ。
予想通りのものに、ホッとしたのも束の間、目に入った予想外のその様に、オレはガクリと肩を落とした。
まだ嫌がらせだと言われたほうが、対処の仕様がある。
ケーキの上全面を使って、でかでかとチョコレートの文字が書かれていた。

アズサくん おめでとう!!

「花井おめでとー!これオレが書いたんだぜっ!すげーだろ!」
満面の笑みの田島には、やはり悪意など欠片もなく。
俯いたままのオレを不思議そうに覗き込む。
「どしたー?あ!ケーキはちゃんと買ったやつだから平気だぞ!字だけ書いたんだー!」
田島が胸を張って言うそれこそがまさにオレを凹ませたのだが。
この程度のことを流せないから大人にもなりきれないと自分で思う。
「…なんで?名前…?」
力なく歯切れ悪く問えば、田島はきょとんとした顔で答える。
「え?誕生日つったらコレだろ!自分の名前入りのケーキ!一年に一回じゃん!花井のケーキだぞ!」
それなら名字を書いてくれればいいのに、と思ったが、さすがにそれを言うのは大人気なさすぎると、押し黙る。
「………」
結果、微妙な沈黙が流れた。けれど田島はそんな空気を気にしない。
「ウチは自分のケーキだけは独り占めしても怒られないぜ!へへ!けどみんなで食った方がウマイから分けるけどな!」
そう言って笑う田島が、なんだか大人びて見えた。
家庭の習慣だから下の名前なのか、と妙に納得する。

同時に、自分が拘っていることがバカらしい些細なことのように思えた。
だから、ちゃんと笑えた。

「田島、ありがとな。よし、みんなで食うか!」
「おお!やった!!」
言った途端、田島が跳びはねて喜ぶ。
そういえば、珍しく田島が大人しかった。いつもなら、食べ物を前にしてジッと待つなんてことありえないのに。
オレの一言を待っていたのか、と気付く。

なるほど、オレのケーキね、

それは、誕生日に似つかわしく、特別なもの。

ものすごく久しぶりに、名前の入っているものが嬉しいと感じた。
素直に、嬉しいと思えた。

大人になったとは思わないけれど、一歩進んだような気がした。進めたような、気がした。






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田島と花井は、それぞれがそれぞれでちゃんと立ってるっていうイメージ。(多分そういうのをカップリングって言わないんだろうな)
悩んでることとか相談するわけでもないし、そういうことについて何か決定的なことを言われるわけでもないけど
普段の関係の中で確実に影響しあっていて。
特別なことがあるわけじゃないけど、例えば花井は田島を見て自分で考えて前に進むの。逆もしかり。

そんな雰囲気を書きたかったけど伝える自信がまるでないから、いらない語りを。
きっとタジハナ(?)はもう書かないからここに書いておこう。





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