拍手リレー no.1
テーマ:梅雨のタジアベ

 

 

小学生のようなはしゃいだ足音がすると思っていた。
子どもは雨も楽しめるのかと感心する。自分が子どもの頃はどうだっただろうかと、少し考えた。
思い出せないままに、横を通り抜けた車が撥ねた水が靴にかかり、意識はそっちに移行した。
濡れた靴は、幸い中まで水が染みることはなかったが、やっぱり雨なんて忌々しいだけだと舌打ちをする。
靴に気を取られ、俯いていたから前方の人影に気付くのが遅れた。
ばしゃばしゃばしゃ
子どものような足音が、ぱたと途切れる。
思いがけず、名前を呼ばれ、顔を上げた。
そこに見た光景に絶句する。

!?

「おまっ!(おまえ)」
「たじ!(田島)」
「ばっ…なぁっ?!(バカか!!なにやってんだよ?!)」
動揺して、意味のある文章どころか、単語さえ発することができなかった。
とりあえず喋ることを諦めて、立ちつくす。
「うはは!阿部なに言ってんだー?」
ばしゃばしゃ
笑った田島が二歩跳ねるように駆けて近づく。
目の前に立った田島を睨みつけた。
「おまえ、何やってんだよ?!傘は?」
深呼吸をして落ち着いて、今度はきちんと意味のある文が口から滑り出た。
あまりに非常識な様相の田島に対して、こんな常識的な質問が意味を持つのかという点に関しては、疑問だったが。
「傘?持ってこなかった。朝降ってなかったじゃん!」
昨日見た天気予報は、100%の降水確率だった。
いつもは曖昧に言葉を濁す気象予報士が妙に胸を張って「明日は雨です、」と誇らしげに語っていた。
確かに朝の時点では、雨は降っていなかった。それでも、今にも降り出しそうなどんよりとした空模様だった。
最近雨続きで、グラウンドの水が捌けることはなく、朝練もなかった。
午前のうちに雨は降り出し、それからは止むことなく、鬱々と降り続いていた。当然、放課後の練習も中止になった。
今頃あの気象予報士は勝ち誇っているに違いない。
「…あ、そう」
言いたいことは山ほどあったが、今ここで傘を持っていないことについてどうこう言ったところで、問題は何ひとつ解決しない。
とりあえず、さっさとこのアホを保護しなければ。風邪でもひかれたら、たまったもんじゃない。
鞄からタオルを取り出し、田島に差し出す。
「ほら、これで拭いて傘入れよ。風邪ひくだろ。送ってってやる」


 

「えいっ!」
軽快な掛け声と共に、田島が体当たりをかます。
正確に状況を説明すれば、思い切り抱きつかれた。
咄嗟に対応できずに棒立ちでいれば、さらにぎゅうと、抱きしめられる。

田島は、ろくに拭きもしないびしょ濡れのままの状態で。

「たーじーま〜〜!」
ぐしょりと、身体にまとわりつくシャツの感触に、自然と声は低くなる。
「なに?」
まったく悪びれない声が耳元でする。
湿った空気が耳にかかって、背筋が総毛立つ。抜けそうになる膝を叱咤して、なんとか脚に力を入れた。
「ナニ、じゃない!離せ!!」
両腕の上から囲うように抱きつかれていて、腕が動かせず、できる抵抗は限られていた。
「ヤダ!」
精一杯の抵抗は、田島の二文字であっさり切り捨てられた。
「はあぁ?」
「キモチイーじゃん!阿部も濡れて帰ろうぜー」
「きっ…」
気持ちいいわけあるか!と言おうとして、ふと、気持ち悪くはないことに気付く。

「な!」
田島の頭は肩の上にあって、その表情は見えないけれど、見なくてもどんな顔で笑っているのか想像できた。
黙ったところを駄目押しされて、さらに押し黙る。
田島に言いくるめられてしまうのは癪だったが、一度気を抜いてしまえば、無駄に抵抗するのも虚しくなる。
雨は、こちらの事情などお構いなしに降り続け、あとからあとから二人を濡らしていく。
気温が高いから、寒くはない。
田島の体温は高く、触れている場所は、熱い。

しばらく田島は離してくれそうになく、そのままの格好で空を仰いだ。
落ちてくる水滴が顔を濡らす。
開き直ってしまえば、冷たい水滴は熱をもった肌に心地良かった。
ここまで濡れてしまえば、もう既に傘は用なしだ。
靴が濡れたくらいでイラついていたさっきまでの自分がバカらしくなる。
なんだか無性に可笑しくて、小さく笑った。

「あべ、」
田島に呼ばれるまま、下を向く。
ひょいと伸び上がった田島が近づいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

梅雨なんて、じめじめして道もグラウンドも水浸しで、屋内に縮こまりながら過ぎるのを待つ…
イライラと憂鬱な、暗いイメージ。

独りで歩いているときは、そう信じていた。

雨も傘も制服も濡れた道路も、その無彩色は変わらないのに。
田島がいるだけで、こんなにも鮮やかだ。

差し出された手を振り払うことなんてできない。

 

 

 

 

 

omake

 

 

 

 

* end *

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