最近、夜に思い返すことはただひとつ。


こないだ阿部とキスをした。

あとから考えたら、あの時、ひとつの単語ばかりを繰り返す阿部の口をただ塞ぎたかっただけなのかもしれない。
それは、衝動。
抑えるつもりもなく、抑える必要も感じなかった。
思っていたよりもずっと柔らかい唇が気持ちよくて夢中で口づけた。
息を継ごうと少し離れた瞬間、阿部が声を洩らした。
「……っ!」
その声に真っ先に反応したのは、オレじゃなく阿部だった。
ハッとしたように、急に強い力でオレを押し返した。
部室だったのがまずかったのか、阿部はもの凄く怒ってて。
怒られてやっとボーっとしてた意識が戻った。
あんまり容量の大きくないオレの頭は、さっきの阿部の声をくり返して記憶することで手一杯だった。

ンでもムでもアでもウでもない、表現するのは難しいけど、忘れられない声。
エロビで聞く演技がかった声なんて比べものにはならない。
それまでは興奮できた声なのに、あれからは、ああこれが演技ってやつなのかと、妙に冷めてしまう。

オレは、阿部の声を思い返しながら、今夜も下半身へ手を伸ばす。

あれ以来、オレの脳みそは、イカレたようにあの声ばかりを繰り返す。

最近、夜に考えることはただひとつ。


阿部に会ってから、オレは欲張りになった。

繰り返すだけの記憶じゃ全然足りないんだ。


2005.12.04.




冷やかし程度に10のお題F−6 演技