※この夏、田島×阿部原稿を頑張っているひとを応援する企画を細々と立ち上げました。







1.性格のフ一致

「なあ性格の不一致ってどういう意味?」
着替えの手は止めないまま唐突に田島は言った。
「は?意味って別にそのままだろ、なんだよ急に」
「昨日姉ちゃんが彼氏と別れたって言うから、なんで別れたのか訊いたら「性格の不一致」だって。それって普通のことじゃねえの?」
「普通?」
「だって人が二人いて、性格が一致することなんてないだろ?」
田島は心底不思議そうに首を傾げる。
「ああなるほど。いや、そういう場合の性格の不一致ってのは、まんま性格っていう意味よりも趣味嗜好が合わないってことだな」
「シュミシコー?」
「気が合わないってことだ」
「気が…?そんな奴と付き合うかあ?」
「まあそりゃ付き合ってみないとわかんないこともあるんじゃね?」
田島は低く唸る。
「あ!阿部はヤクルトファンでオレは西武ファンとかそういうことか?シュミシコーって。そんなんで嫌いになるかよ」
田島はどうしても納得がいかない。
阿部は苦く笑った。
性格の不一致は別離の理由に充分成り得る、と阿部は知っていた。
たとえ同じ方向を向いていたとしても、直線上に向かい合っていたとしても、違いすぎる目標は分かち合うことができない。
田島には到底理解できないことが阿部には自明の理だった。そこにあるのは決して理解力の差ではない。
それこそ性格の不一致ってやつかもしれない。
ただ、田島が相手だと自分の常識を覆されるなんてことは日常茶飯事だということも阿部は知っていた。
つまり、それが田島との別れの理由になることは、ない。
「なんだよ?なんかおかしいこと言ったか?」
いつのまにかすっかり着替えを終えた田島が阿部の顔を覗きこんでいた。
「え?」
「思い出し笑いか?阿部やらしー!」
「笑ってた?」
「笑ってた!なんか幸せそーに笑ってた!いい思い出か?」
「や、思い出じゃない」
お前とオレのこれからだ、
そこまでは言葉にせず、阿部は最後のボタンを止めた。






2.人を呪わばアな二つ

「田島、今日試験範囲が発表されただろ?ちゃんとメモったか?」
テスト一週間前になり、今日から部活動停止期間に入った。
「うーん…」
田島らしからぬ生返事が返ってくる。
「わからないことは教えるからすぐ訊けよ」
「まじでー?」
少し声音に力が戻った。
「マジで」
「サンキュー!阿部っていいヤツだよなー!」
「別にいい奴じゃない。お前が落ちるとオレが困るんだ。お前のためっていうより自分のためだ」
「あ!!」
急に田島が大声を出す。
阿部は虚を突かれビクリと揺れた肩を悟られないように、平静を装った。
「なに」
「ソレ知ってる!今日授業で習った!」
「へえ」
田島が授業の内容について話すなんて珍しい。
ちゃんと聞いてるんだな、と誉めてやるつもりだった。次の言葉を聞くまでは。
「人をノロワバ穴二つ!」
「………」

阿部は、今度はわざと大げさに肩を落として見せた。
もちろん正しくは、情けは人の為ならず。






3.苦いこいより甘イこい

「あーべー」
阿部は考え事をしていて、呼ばれたことに気付くのが一拍遅れた。
「…は?」
顔を上げると、正面に立った田島が笑っていた。
「また難しいこと考えてんだろ」
「…なんで」
少なからず驚いた。田島は結構よくひとを見ている。
「シワよってるぜ」
無遠慮な指が顔に伸びて、阿部は思わず目を瞑る。
体温の高い指が眉間に触れて皺を伸ばすように動かされた。
阿部は無意識に身構えていた身体から力を抜く。
そういえば、昔も同じようなことがあったと思い出した。
中学の頃、クラスメイトに何気なく言われたことがある。
「たまに阿部って何考えてるかわかんないよな」
冗談めかしたその言葉には特に悪意もなく、不快に思うこともなかった。
ただ、それを今ふと思い出した。
例えば、同じ事を田島に言われたとしたら。
内心冷静ではいられないだろう。

眉間に感じていた熱が遠のく。
同時に目を開けようとしたところで、今度は、少し下に違う熱が触れた。
(?!)
チュっと音を立てて離れた唇を目の前で赤い舌が舐める。
「へへっ」
阿部は咄嗟に自分の口元に手をやった。
「で?何考えてた?」
「え?」
「さっき、なんかムズカシー顔して考え事してただろ」
「ああ」
「教えて、阿部。阿部のことは何でも知りたい」
そう言って笑う田島に、阿部はこっそり胸を撫で下ろした。
田島の何気ない一言がこんなにも安心させる。
それから、田島に話しをするために、大急ぎで頭の中を整理する。
「いや、なんでもない」とだけは言いたくなかった。






4.トなりの芝は青い

「阿部それちょーだい」
「ヤだよ」
「えー!じゃあ交換しよーぜ」
「なんでだよ?自分の食えばいーだろ」
「だって、うまそうなんだもん!な!な!」
「んなわけないだろ」
「んなわけあるって!うまそう!」
「なあ田島、隣の芝は青いって言葉知ってるか?」
「んあ?しば…?天然芝より人工芝のが青いってことか?」
「そりゃどんな慣用句だよ…」
見たままな上、使用例も思いつかない。
阿部は浅くため息をついて諦める。
田島の弁当箱にさっきからねだられている卵焼きを落としてやった。
「やった!サンキュー阿部!好きだ!」
「はいはい」
「交換な!はい、阿部あーん!」
「いーよ、やる」
田島と阿部が食べている弁当は、仕出し屋の全く同じもの。
そっちがうまそうとかあっちがうまいとか、あるはずがなかった。
田島は食い意地は張っているが、普段食べ物に我が儘を言うような奴ではない。
さすがの田島もここまで来ると少し興奮しているのかと思って、阿部は口元を緩める。なんだか可愛い。
「ちぇ、まいーや、交換ね」
いつまで経っても口を開けようとしない阿部に焦れた田島は、箸で摘んだままの卵焼きを阿部の弁当箱に乗せる。
「芝生が青いとなんかいいことあんの?」
もらった卵焼きを大事そうに咀嚼してから、田島が口を開いた。
「まあ、茶よりは緑のがいいんじゃね?だから人のもんはよく見えるって意味の言葉だろ」
「ああ!それならわかる!人はどうか知らんけど、阿部の食ってるもんはうまそうに見える!!」
田島は拳を作って力説するが、説得力は皆無だった。
「…もうやらないからな」
じいっと覗きこまれた弁当箱を田島から隠すようにして、阿部は残りを平らげた。

食事を終えてやることがなくなると、阿部は手持ち無沙汰に窓に近づいた。
ここへ来てから、どうしても窓の外が気になる。
阿部の視線を追うように、田島も窓の外へ顔を向けた。
「なあ、阿部」
声を掛けられ阿部が振り向くと、田島の表情が野球少年のそれになる。

「西武ドームの外野席は人工芝だけど」
一度言葉を切った高校球児は、一層目を輝かせて先を続けた。
「甲子園の外野は天然芝だぞ。芝の価値は青さじゃない」
今いる宿泊所の窓からは、高校野球の聖地が見える。

「見るのもいいけど、やっぱりやる方が楽しい!」
いつか聞いた言葉を繰り返して、野球の申し子はとても幸せそうに笑った。
今年の夏はこれからだ。






オレは阿部が大好きで、毎日幸せなんだ。

5.!!

阿部の全部が好きだなんて、無責任なことは言えないけど、じゃあ阿部のどこが嫌いなのかと訊かれたら、
キライなとこなんてないって即答できる。
キライなとこはないけど、不満なとこがある。

この一週間、毎日阿部に「好きだ」と言ってみたけれど、返ってきた答えは、
「なんだよ急に」
「なんも持ってねーぞ」
「あっそう」
「わかった」
「はいはい」
「知ってる」
興味のある試合のスコアと阿部の言ったことなら一字一句間違わず覚えてる自信がある。
今日で七日目。
六個の答えはどれも欲しいものじゃなかった。

阿部は、「好きだ」と口に出して言ってくれない。


今日は勝負に出ようと思う。いいことを思い付いたんだ。
部誌当番の阿部が机に向かうのを眺めながら待っている。

「なあ阿部、オレ阿部が好きなんだけど」
「あー?うん…」
さすがに連日七度目ともなると言葉の新鮮味も薄れる。
部誌を書くことに集中している阿部からの生返事は七回の中で一番ひどかった。
でも今日の勝負はこれからだ。

「阿部はオレのこと好き?」
こうやって直球で訊けば、内容はともかく確実に答えが返ってくるってことにいままで思い至らなかった。
よしこれでいい!
やり遂げて阿部を見ると、淀みなく文字を書いていた手が止まっている。
顔が上がる気配はない。
「なあ…」
聞いてなかったのかともう一度訊き直そうと思ったときに、俯いた阿部の耳がものすごく赤いことに気付いた。咄嗟に机の脇にしゃがむ。
下から覗けば上からは見えない彼の顔を見ることができた。
俯きっ放しの顔はこれ以上ないくらい赤く、その朱は壮絶に色っぽい。
最初の目的を忘れ思わず見惚れた。
こんなものを見ることができたなら、言葉をもらえなくてもいいと、思った。
不意に彷徨っていた視線がこちらを向き、バチリと目が合った。
しゃがんだのが阿部の体の横だったものだから、その視線は流し目のような効果を発揮する。
阿部はオレを殺す気か。
トドメは一瞬後。

「好きだよ」
「!」

間違いない、確実に殺される。

内心の動揺とは裏腹に、身体は無意識に動いた。
きっと日頃の筋トレのお陰だろう。
部誌の上にゆるく握られた左手が目の前にあった。
普段ミットの中に隠れるその左手を取って引き寄せる。
「スゲー嬉しい!オレも好きだ!」
顔の前に掲げ持った左手の甲に唇を当てた。

「!」

これ以上はないと思っていた朱の鮮やかさが、さらに増す。
目の毒という言葉の意味を身をもって理解した。


オレは阿部が大好きで、毎日幸せなんだ。
阿部もオレが好きで、毎日が幸せだといい。



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目の毒…見ると欲しくなるもの(広辞苑)








 
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