毎年、真夏の炎天下グラウンドで野球をしている。
夏の暑さには強い方だとずっと思っていた。
それにしても、
今年の夏は異常だろう
「あべー!あべ!」
「んあ?」
「ほいっ!差し入れ!」
休憩時間にコンビニに行っていた買い出し組が戻ってきたらしい。
我ながら、ちょっとやばいかもな、と思うような怠さに頭も身体も支配されていた。
こまめに効果的な休憩の入れ方をしてくれる監督のお陰で、なんとか脱落者なく練習できている。
休憩のうちに篠岡がグラウンドに水を撒いてくれてはいるが、その作業だって馬鹿にならない。
スプリンクラーが欲しい、とこんなにも願ったのは生まれて初めてのことだ。
もしもいま、流れ星が流れたら、魔法のランプがあったら、サンタクロースが現われたなら、迷わずスプリンクラーを求める。
きっといまなら、十三人と一匹の願いは心ひとつに纏まるんじゃないかと思う。
差し入れ、という言葉にのそりと顔を上げた。
あっちぃーー!と田島が元気よく笑っていた。
言葉を裏切るような、そのタフさを尊敬にも似た気持ちで見上げる。
「半分な!」
ひやりとした冷たさが唐突に頬に触れた。
「つっ!?」
咄嗟に手をやれば、火照った体温に気持ちのいい冷たさが指先に走る。
「パピコは安いけどうまいよな〜!半分こできるし好き!」
与えられた冷たいものは無条件で嬉しかった。
「くれんの?サンキュー!」
「おう」
馴染みのパピコとは違う白いそれは、新商品なのか初めて見る色だった。
さっそく開けて口に含めば、冷たさと甘さが口内に広がる。
「うめえーー」
「な!うまいよな!」
田島の食べているパピコは、もうほとんどなくなっていた。
「うまいけど、最後ちょっと食べにくいんだよな〜」
そう言いながら、思い切り吸っている。
「ぎゃ!」
突然、田島が蛙のつぶれたような声で悲鳴をあげた。
「おいっ?どうした!?」
「れろはあんら〜」
口にアイスを挟んだまま喋るから何を言ってるのかわからない。
「ハア?」
説明するよりも先に、べえっと田島が舌を出して見せる。
確かに一目瞭然、舌先にパピコの容器がぶらさがっていた。
べろはさんだ、か。
「何やって……」
変な声出すなよビビるじゃねーかとは口に出さず、内心胸を撫で下ろす。
なんだそんなことかと安心した。
視線の先で、田島はくっついた容器を力任せに引っ張って剥がした。
「痛ってえ」
まだ、出したままの、舌先が、赤い。
ふらりと、無意識に身体が動いた。
相当、暑さに頭をやられていたに違いない。
鮮やかに、色づいた、朱に、引き寄せられる。
ざらり、という感触に、朦朧としていた意識が引き戻される。
目の前で、田島がポカンと口を開けていた。まだ舌が出しっぱなしだ。
(……いま、オレなにした!?)
半分我に返り、動揺して慌てた言い訳が勝手に口をつく。
「やっ!冷やした方がいいかと思って?」
言いながら自分でも何を言っているのか、何をしてしまったのか、わからなくなってきた。
ただ、アイスを食べていた自分の舌が冷たいのは、本当で。
口の中に、田島の舌の感触が生々しい。
(これ、桃の味か……?)
冷たさにばかりに気を取られていて働いていなかった味覚が、今頃あさってなタイミングで、正常に機能した。
異常なのは、湧いた脳みそ。鉄壁の理性はどこに行った?
それもこれも、全部このくそ忌々しい暑さのせいだ。
そうに決まってる。そういうことにしておけ。
今年の夏は異常だろう
2007-08-18 猛暑 ヨツユビ
暑中お見舞い申し上げます。タジアベは年がら年中アツくあれ!