最初は扱いづらいと思ったけど、つきあいが長くなれば、わかってくる。

三橋は、けっこうわかりやすい。

今だって鼻歌を歌いながら、のそのそと着替えている。
口ずさむ歌はテンポの速い曲なのに、三橋の動きは変わらずのろい。
はたから見ていると、どちらかのリズムが狂いそうなものだが、三橋はアンバランスながら両立させている。
彼が変なところで器用なのも知っていた。

「何かいいことあったのか?」
既に着替えを終えた阿部は、ベンチに腰掛け、三橋に訊いてみる。
いま部室には阿部と三橋の他に誰もいない。
阿部が掃除当番を片付け、少し遅れて部室に入ると、三橋だけが着替えていた。
他の部員は先にグラウンドへ出ているのだろう。
阿部もいつも三橋を待っているわけではなかったが、なんとなく今日は待っていようかと思った。
阿部の問いかけに歌が鳴り止み、三橋がそろりとこちらを向いた。
三橋は、一度阿部を見てから、左右に視線を彷徨わせる。
阿部は三橋との付き合いの中で、いまやこれくらいのことならイライラしないで対応できる程度の対三橋用堪忍袋を備えていた。
「お前だよ。機嫌いいじゃん」
自然にもう一度、訊き直す。
その言葉に三橋が、嬉しそうに笑った。
「あ、のね!」
「うん?」
「今日の朝、叶君から電話があったんだ!」
「…へえ?」
三橋の話は唐突で、その意図を探るのは難しい。
「朝、学校来る途中で栄口君と巣山君と西広君に会ったんだよ」
てっきり叶の話が始まるのかと思っていたのに、その話はもう終わったらしい。やっぱり何を言いたいのかわからない。
「…ふうん?」
「それから、教室に着くまでの廊下で水谷君に会ったよ。これで、五回」
「五、…回?」
何の回数なのかわからず、疑問を口にするが、三橋に伝わる気配はない。三橋は、阿部の疑問を無視して一方的に話を続ける。
「教室に入ったら、ハマちゃんがね…」


**

「うーっす、ミハシー。今日オマエ誕生日だよな!オメデトー!」
自分の席にカバンを置いた三橋に、浜田が近づき一年に一度の日を祝う。
「う。え、あ、ありがとっ!!ウヒ!」
三橋は、その言葉が嬉しくて、締まりのない笑みをこぼす。
「今日の昼、何かオゴってやるよ!」
「えっ!いいの?!」
「まかせとけって。何でも買ってやるぞー」
浜田は、三橋の頭に手を乗せ、ぽんぽんと二度上下させる。
「ありがとう!ハマちゃん!」
三橋は、目をキラキラさせて浜田を見上げた。
ちょうどその時教室に入ってきた田島が、ドアからだいぶ離れた三橋の席での会話を耳聡く聞きつけた。
「あ!!そうじゃん!三橋、今日誕生日じゃん!!おめでとーー!!」
もともと声の大きい田島が距離を詰めることなく、三橋に話し掛けたものだから、その声は教室中に響いた。
「でけーよ声がぁ。まあ、いいけど」
浜田は、田島の大声に呆れた声を出す。
三橋は、田島の大声に振り返って笑った。
「アリガトッ!田島君!」

最初に、田島が入ってきたドアの一番近くに座っていたクラスメイトが口火を切った。
「へー!三橋誕生日なんだ?おめでとう!」
それから巻き起こったクラス中の「おめでとう」の嵐に、三橋は驚いて普段以上に挙動不審に辺りを見回した。
「おめでとなー」
「三橋君、おめでとー!」
「おめでと、三橋!」
「おめでとう!!」


**

「それでね、もう何回かわからなくなっちゃたんだ、よ…!」
三橋は、珍しくなかなか流暢に喋り、幸せそうに表情を緩める。

阿部は、ここに至りやっと話の全容が見えてきた。
三橋は朝から、言われた「おめでとう」の回数を数えていたらしい…。

いつもながら、三橋の思考回路は掴めない。
んなもん数えてんな!と叱るべきか、良かったな!と同調するべきか、対応に迷う。
考えながら、けれど、口をついて出た言葉は、そのどちらでもなく、自分でもいささか驚いた。

「三橋、誕生日おめでとう」

今日は朝練がなく、放課後の今まで、三橋に会っていなかった。
阿部は、自分がまだ三橋におめでとうと伝えていないことに、気付いた。

「あ、あああ、あ、あべくん!」
三橋がこんなにどもるのは、久しぶりで、阿部は思わず笑う。
「なんだよ?」
「もっかい!」
「ハ?」
「もいっかい言って!!」
三橋は、着替え途中なのもそっちのけに、阿部に詰め寄った。
掴みかからんばかりに、一気に至近距離へ近づく。
阿部はその勢いに、気圧された。
「お、おめでとう?」
そう言ってやれば、途端三橋は、その場に座り込み、腕で顔を覆う。
いちいち三橋の行動が突飛で、阿部は何事かと焦る。
心臓に悪い。
「え?!ナニ?どうした?!」
阿部の足下に座り込んでしまった三橋を覗き込むために、阿部もベンチからおりて床へしゃがむ。
まさか泣いているんじゃないかと、様子を窺う。
「オイ?」
三橋の腕を掴んで、少しできた隙間から顔を覗く。
見えた三橋の顔は、これでもかというほど赤く、阿部はまた意表を突かれ、尻餅をついた。
「おい、大丈夫か?」
それでも、ひとことも喋らない三橋が心配で、もう一度声を掛ける。
三橋はやっと顔を上げ、依然赤いままの顔でふにゃりと笑った。

「いまのが、いちばん嬉しかった…!!」
「え?」
三橋の言葉の意味を理解するまでに時間がかかった。
理解して、阿部は言葉をなくす。
その顔は、三橋に負けず劣らず、赤い。

「ありがと、阿部君!!」



HAPPY BIRTHDAY!! dear 三橋廉 2005



**
本当は拍手お礼用に書き始めたんですが、いい加減出遅れすぎたので、こっちに収納。
一応、高2の誕生日をイメージしてるのですが、クラス変えはしてないという中途半端さ。
ご都合主義ですから。