拍手リレー no.3
冬のタジアベ

++ 1 ++

「はよー」
「おー!阿部!はよ!!」
「今日も寒みーな」
「おう!来るとき霜すごかったぜー!バリバリ!あれキモチーよな!」
本当に寒いと思っているのか疑いたくなるほど、田島は元気だ。

「なーなー!見ろよ!チョー息白い!」
田島が宙に向けて、思い切り息を吹き出した。
そう言われて見れば、田島の前の空気は面白いように白く膨張する。
それから田島はおもむろに右の指を二本、自分の口の前に当てた。
人差し指と中指で何かを挟むようにして口から白い息を吐くその仕草は、スタンダードに思い起こさせるものがあった。

ぷっ
「タバコかよ?」
「タバコー?ちげーよ!忍者!」
「忍者ぁ……?」
「忍者ってケムリ吐くだろ!」
「……吐くっけ?」
「忍法!ケムリにんげん!」

「うはははは!!」
言ってることはめちゃくちゃなのに、自信満々な田島がツボに入った。
朝っぱらから腹筋を酷使する羽目に陥る。
笑いきってから息を整えた。

「とりあえず、術の名前としては失格だな」
小さくこぼした言葉は、田島に届く前に白く消えた。

 

 

++ 2 ++

念入りにクールダウンをしたとはいえ、直前まで動かしていた身体は、温かい。
練習着を脱ぎ汗を丁寧に拭いてから制服を着込んだ。
よし帰るかと、鞄に手を伸ばし、少し考える。
鞄の中には防寒具が入っていた。
冷え込みの厳しい朝には必要なものだ。
すっかり日の落ちた夕方も朝に負けず寒い。
わかってはいたが、現状の体温の高さが判断を鈍らせる。
(めんどくせーし、まいっか)

「んじゃ、お先ー」
チームメイトに声を掛けてから外に出た瞬間、冷たい外気が容赦なく吹き付けた。
「うおっ寒みー」
反射的に身体を縮こませて歩き出す。
それから五歩歩いた時点で既に後悔していた。
自分の判断の甘さを反省しつつ、道端に立ち止まってマフラーをするのも何だし、と思い自転車置き場まで我慢することにした。

そのとき背後から聞き慣れた声が呼んだ。
「あべー!」
振り返れば、田島が走って近づいてきている。
「ちょっと待て!」
田島の大声に素直に脚を止めた。立ち止まると、もろに風を受けて更に体温を奪われる。
吐く息は、外気と体温の差に比例して白い。
「おまえ、背中丸まってるぞ、寒いならなんでマフラーしないんだよ?」
追いついた田島が開口一番そう言ったかと思えば、鞄を強引に引っ張られた。
「うお!」
勝手に開けた鞄から田島がマフラーを取り出す。
それをさっと見事な手際でオレの首に巻き付けた。
「ほら!」
至近距離でニッと笑う田島にドキリとする。
「ちゃんと手袋もしろよ!風邪ひくだろ!風邪ひいたら練習出れなくなるぞ」
向かい合って並ぶと、明らかに目線の低い田島は、ごくたまにこうやってひとの世話をやく。
田島に子ども扱いをされるのは、少しの恥ずかしさと居心地の良さを感じる。
きっと田島は大家族の中でこうやって世話をやかれて育ってきたんだろう。
与えられたものをただ享受するだけではなく、吸収して必要なときに行動に移せる、
そんな田島の資質のなせる自然な動きはとてもやさしい。
だから、こういうときは自分でも驚くほど素直に田島に接することができる。
「おう、悪い。ありがとな」
「ひひっ!どういたしまして!」
「あったけえ」
無意識に呟いていたその言葉に、今更ながら外気の冷たさを思い知る。
「だろ!」
胸を張って誇らしげに笑う田島に、体温が少し上がったような気がした。

 

 

 

* end *

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