Happy Birthday!! 2006


 

1 ・2 ・ ★2007-06-21 更新
★2007-07-16 更新
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風邪、という単語の意味を正しく理解し、田島は慌てる。

「カゼって風邪!?ビョーキなのか?!」
「だから、病欠って最初から…」
落ち着いた花井の声も耳に届かず、遮って田島は詰め寄る。
「だいじょーぶなのか?!何か言ってた?」
「おたふくは年取るほど痛いって言うからね〜」
おもしろがって言う水谷に、みるみる田島の顔が蒼白になっていく。
「おい!水谷!」
田島の表情に気付いた花井が止めるも間に合わない。

「阿部、泣いてるかもよ?」

続いた水谷の言葉に、一瞬だが田島の顔がそれこそ泣きそうに歪められたのを花井は見た。
「ちょっ!オレっ、家に帰る!!」
くるりと踵を返したかと思うと、瞬間移動のような俊敏さで田島は動いた。
「あっ田島?!」
引き留める花井の手も虚しく宙を彷徨う。田島は既に7組の教室にはいなかった。
「田島でもあんなふうに取り乱すことあるんだなー」
どこまでも他人事のように飄々とした水谷の声だけが響いた。

階段を5段跳ばしくらいで辿り着いた昇降口。タイムは恐らく世界新を更新していた。
上履きから靴へ履き替える手間さえもどかしく、田島は靴箱の前を素通りした。
(じーちゃんに、おたふくに効く薬もらわなきゃ!!)





ガタン!バタン!と派手な音を立てた玄関へ田島家の留守を担う母親が出てきた。
午後の早い時間に帰宅した息子にそれほど驚いた様子は見せない。
「あら悠、早いわね。おかえりなさい」
さすがに外を歩いてきた上履きで家に上がることは躊躇われ、田島は上履きを脱ぎ散らかしてから上がり框に足をかけた。
1秒でも早く目的へ、と気が急く。
「ただいま!お母さん!おたふくっ!」
ニコリ、と笑う母のその表情に、田島は瞬時に己の失言を悟る。
「あ!ちがう!なんでもない!じーちゃんいる?!」
慌てて誤解されかねない前言を撤回し、母の笑顔の種類が変わったことを見届けて胸を撫で下ろした。
「畑じゃなければ、お部屋にいらっしゃると思うわよ」
「ありがと!」
短くそう言い、田島はドカドカと大股で祖父の部屋を目指す。
もちろん、家に入る前に畑はチェック済みだ。そこに祖父はいなかった。
「じーちゃん!いる?」
辿り着くと、部屋を仕切る襖を大きな音をたてないように開け放ち、部屋の主へ声をかけた。
すぐに返事がある。
「悠一郎か?どうした?」
「じーちゃん!!おたふくに効く薬ってある?!いますぐ何が何でも欲しいんだけど!」
田島は、声を聞くなり詰め寄るように祖父の目の前に立つ。そんな孫の気迫に押されることなく、祖父の返事はのんびりしたものだった。
「おたふく風邪か?ふむ、今すぐ何が何でもねえ…」
田島家祖父の煎じる薬は飛び抜けて良く効くのだが、薬に頼りすぎるな、と小さい頃から言い聞かされてきた。
「そう!なにがなんでも!」
最初から薬をすんなりともらえるとは思っていない。だから、負けないように、強く挑むように祖父を見返す。
どうしても、もらわなくてはならないものだった。
少し考える間を持った祖父が口を開く。
田島は、何を言われるのかと拳を強く握って身構えた。
「まあいいだろう、今日は特別だ。煎じてやるから待っていろ」
「どうしても…えっ!いいの?!」
予想とは違うあっさりとした了承に、肩すかしを食らったような気分になる。
「ああ」
薬棚に向かった祖父は、田島に背を向けたままそう答えた。声が笑っている。
「うん?ありがとう!」

何故だか寛容な祖父に、意気込んだ気合いが行き場を失ったが、そんな些細なことを気にしている場合ではなかった。
薬をもらえるのならば、なんでもいい。

じーちゃん、急いで!と孫に急かされるまま、いつにない速さで祖父が作ってくれた薬を田島は手にした。


(うっし!待ってろ阿部!!)


(捏造家族すみません…)






何度押しても返事のないチャイムに業を煮やし、田島は最終手段に出た。
咄嗟に選んだ手段はひどくアナログで力任せ。

「あべー!あべ!!だいじょぶかー!!?」

この際近所迷惑なんて言ってられない。緊急事態だ。
田島は家の外から大声で阿部を呼び続ける。
「あーべーー!」
慌てているつもりはないけれど、実際プチパニックのような状態の田島には、病人は寝ているなどという常識に考えが及ばなかった。
これだけ呼んでいるのに返事がないという現実が、さらに混乱に拍車を掛ける。
「あべーぇ?」

田島はいまと同じような焦燥を知っていた。
あの時も、誰も返事をしてくれなかった。
家には必ず誰かしら家族のいる環境でずっと育ってきて、「ただいま」に返事がないことがこんなにも心許ないということを初めて知った。
誰もいない家に独り取り残されて、ひいじいが心配で不安で不安で不安で。
普段賑やかすぎる家は、静寂が際だって心細い。

嫌なことばかりを思い出し、挫けてしまいそうになったその時、唐突にズボンの尻ポケットが震えた。

「うおあ?!」
びっくりしてつい声が出た。
存在をすっかり忘れていたまだ震えている携帯電話をポケットから引っぱり出す。
確かめたディスプレイには、新着メールの表示。

「泉からだ」
すぐに開けたメールは、よく気のまわるクラスメイトからだった。

――件名  
   大丈夫か?

正直、その言葉は阿部と田島とどちらに向けられたものなのかわからなかった。
けれど、それは効果絶大に落ち込んでいた田島の気持ちをひょいと掬い上げた。

――本文
   阿部の様子はどうだ?休んでるようなら無理させるなよ。 
   お前はなるべく部活までに戻ってくること!


蒼白に近い色をしていた田島の表情に、やっと笑顔がのぼる。
「サンキュ泉」
ここには居ない相手に、それでも声に出して感謝の意を示した。
もちろんあとでちゃんと顔を見て伝えるつもりだ。

その言葉も田島を救ってくれた、それから、携帯電話の存在も思い出させてくれた。

登録してある阿部の番号を呼び出し、通話ボタンを押す。
アナログな最終手段よりもよほど確実に阿部に繋がるだろう。

呼び出し音が数回、果たして、回線は繋がった。






★2007-07-16 更新


「…たじま?」
電話越し聞こえた阿部の声は、風邪のせいか寝起きのせいか、両方なのだろうが、ひどく掠れていつになく弱々しい。
その声は、耳にした田島にうまくブレーキをかけた。
反応があったことが嬉しくて、つい最大ボリュームで呼びかけようとした「あ」の口のまま、田島は一度止まり、深呼吸をする。
改めて声量を調整してから話出す。
「阿部!カゼって!だいじょ…あっ!クスリ!!薬持ってきたんだ!だから…」
囁きくらいの音量で、田島は常らしくなく取り乱したような早口で一方的に捲し立てた。
「は……?」
今度は、風邪と寝起きだけが原因ではなく、阿部は田島の言うことが掴めない。

「だから、泣くな!!」


 ……………


回線が途切れてしまったのかと思う空白。
裕に五拍の沈黙を破ったのは、低くこみ上げる笑い声。
「ふっ…くくくあっはは…ぐっ」
ゲホゲホゲホと、苦しそうに阿部が咳き込む。
急に笑い出して咳の止まらない阿部に、田島が青ざめた。
「阿部っ?」
田島はじっとしていられず、勝手に門を開けて玄関まで走る。
鍵がかかっているとは思っていたが、ついドアノブに手をかけた。
すると、拒絶される筈だったドアがカチャリと音をたてて、いとも簡単に開く。
さっき祖父の部屋で感じたような拍子抜けを再度体験し、けれど、ここで戸惑うような愚かな慎重さは持ち合わせていない。
室内へ上がり込む直前に一声だけかけて、躊躇せず一直線に階段を上った。
「おじゃまします!」

いつの間にか無意識に切ってしまった携帯を握りしめて、田島は阿部の部屋の前に立つ。
ドア越しに、まだ止まらない咳を聞く。
「阿部!!だいじょう……?」
バタン!と勢いよくドアを開けた田島は、しかし、予想外の光景にポカンとその場で立ちつくした。

「阿部……?」

部屋を間違えたわけではなく、阿部はそこにいて。
ベッドの上で蹲って咳き込みながら。

咳で苦しいはずなのに、阿部は、それでもなお未だしつこく笑い続けていた。

何がそんなに可笑しいのか、一向に阿部の笑いは止まらない。
そしてそれ以上に咳も止まらない。
見るからに大丈夫じゃないその様子に、「大丈夫か?」なんて無意味な質問もできず、田島は黙って部屋の中へ入った。
もしかしたらそういう病気なのかと田島が疑い始めた頃、再び手の中の電話が震えた。
反射的に確認したディスプレイには、再び新着メールの文字。
メールを開いた田島が、急に大きな声を出す。

「あっ!!」

そこでやっと阿部の笑いが止まる。
発作の名残のように小さく咳が続くのを見て、田島が近づき背中をさすった。
「だいじょーぶかあ?」
ようやく意味を持たせられる台詞を少し安心しながら口にした。
「…わり、…なんかメール?」
呼吸と体勢を整えながら、咳の合間に阿部が訊く。

「あ、そう!なー阿部!オレ今日誕生日だって!!知ってた?」
笑いながら他人事のように田島が言うものだから、つい流しそうになるところを阿部はすんでで堪え、反芻する。
(誕生日?今日が?)
「………、知らなかった」
誕生日といえば大事な日じゃないかと、阿部は少なからず打ちのめされた。
「オレも忘れてた!」
あっけらかんと田島は笑う。

「あ、オレ薬持って来たんだ!飲む?てか飲め!」
(忘れてた?)
一拍送れた考え事をしつつ、阿部は田島に答える。
「何の薬…?」
けれど、ポケットの中をゴソゴソと物色している田島には聞こえなかったのか、返事は得られず勝手に話が進んでいく。
「じいちゃんの薬は効くぞー。いつもは自分で症状見なきゃ絶対作ってくんないのに、なんか今日は…」
田島は、さっきのやり取りを思い出しながら阿部に説明をしかけて、不可解だった祖父の行動がいまやっと腑に落ちた。
「…あー誕生日だからかー」
阿部には意味のわからない呟きを落とす。
阿部は阿部で、それよりも気になっていることがあった。
「何の薬だよ?」
田島を疑っているわけじゃないが、いくら何でも何の薬かもわからずに、口にすることはできない。

「え?おたふくだろ?」
「は?」
「だから、おたふく」
「……誰が?」
阿部は、誰がそんなことを言ったのか、という意味で言ったのだが、言葉足らずでその意図は田島に伝わらなかった。
「阿部が、おたふく」
「はあ?」
さすがに、自分でも眉間に皺が寄っていくのを自覚した。
「あれ?阿部がおたふくで痛くて泣いてるって」
「ハ?」
どんなふうに情報が錯綜すれば、そんな誤報が飛び交うのか。
「水谷が言ってたんだけど」
「は。」
田島のたった一言で、瞬時に納得がいった。アイツならやりかねない。
(あの逆ファンタジスタ)
「違った?阿部顔こえー!」
失礼なことに、田島は阿部の顔を指さして笑った。
その笑い声は長くは続かず、田島にしては珍しい、ため息にも似た長い息を吐く。

「なんだ違うのか、よかった」
独り言のように呟かれたその声音はとても柔らかい。


ただの風邪だし、半日寝てたら熱も下がってだいぶよくなった、と阿部が正しく情報を上書きすると、田島は安堵して普段のペースを取り戻した。
気になっていたことがあった。
疑問をその場ですぐに口にする。
「そういや何をあんなに笑ってたんだ?」
「う」
阿部は思わず言葉に詰まった。
改まってそんなことを訊かれても、説明しにくい。
それでも正面から真っ直ぐ見つめる瞳に、誤魔化そうなどと思うことはなく、正直に告げた。
「…だって、珍しく田島が慌ててて。何言ってっかわかんねーし、すげー真面目な声ですげーアサッテな事言うしさ。何かツボに入ったんだよ」
「そりゃ阿部がビョーキになったら、慌てるよ!阿部が泣いてたら、チョー慌てる!」
真顔で顔を覗き込まれての即答に、さらに言葉に詰まる。
「……泣かねーよ」
阿部はそれだけ言って、プイッと顔を背けた。

目線を外したまま、阿部が口を開く。ボソリと。
「オレも、ひとつ訊いてもいいか?」
すっかり落ち着いた田島がいつも通りに、ひひ!っと笑う。
「いいよ?ひとつじゃなくても。ナニ?」
阿部は言いにくそうに口をもごつかせ、小さく発声した。
「さっきの、…メール…誰から?」
聞き取りにくい声を難なく聞き取って、田島が携帯を開く。
「ああ、ねーさんだよ、ほら。今日何食べたい?って、誕生日だからって」
メール文を見せながら、満面の笑みになる。
「なに阿部、ヤキモチ?」
田島の声は、ただただ嬉しそうで、からかうような調子など微塵もない。
至近距離で聞けば、そんなことは痛いほどよく伝わって。
「……わるいかよ」
珍しく素直に認めた阿部に、今度は田島がきょとんと言葉をなくす方。
すかさず正面に回って阿部の額に手を伸ばした。
「やっぱ熱あるんじゃねーか?ほんとに平気なのか?」
額に当てられたいつも体温の高い田島の手を熱く感じない。
田島の掌は、効果的に体温計の役割を果たした。
「あ、ほんとに上がってきたかも」
「げ!マジ?!オレうるさすぎた?!ごめん!帰るな!」
また慌て始めた田島がサッと立ち上がる。
「や、来てくれてよかった。ありがとな、田島」
「おー!ちゃんと寝てなおせよ!明日は来るだろ?」
「ああ、行く。行かねーと、」
「三橋が心配するもんな」
阿部が濁した文末を田島は正確に引き継ぐ。

じゃあ、と言いかけた田島を遮り、阿部は声を掛けた。
今日でなければ意味がない。
「たじま、」
「ん?」
「誕生日おめでとう」
途端、田島の表情が綻ぶ。
「サンキュー!」

心底嬉しそうな田島の笑顔を目の当たりにして、阿部は最初に今日が誕生日だと聞いた時の感情を思い出す。
(本当はもっと、こんな言葉だけとかじゃなくて)
「知らなくて悪かったな、寝てるし、なんも用意できなかった」
視線の先で背を向ける筈の田島が、何を思ったのかもう一度、屈み込み近づく。
田島の顔がぼやけたと思ったら、チュッと軽快な音が部屋に響いた。

「おっま!アホか!風邪うつるじゃねーか!?」
目を見開いて抗議する阿部に対して田島はケロリと答える。
「誕生日プレゼントだろ?」
「んなもんもらってどーすんだ」
「大事にするぞ」
「しなくていい」
熱のせいだけでなくクラリとする頭を押さえて、阿部がため息をつく。
「ちゃんと他のものやるから、風邪なんか持っていくなよ、いいな」
けれど、頭とは裏腹に気持ちは軽い。

「はーい」
良い返事をしたかと思えば、すぐに田島はニヤリと笑った。
「じゃあ、いまのはお見舞いな!オレからの」
絶句した阿部を放って田島は踵を返す。
「おだいじに!」
捨て台詞のようにそれだけ残して、田島は嵐のように去っていった。

捨て台詞と一緒に取り残された阿部は、確実に上がった熱を持て余し、ポフンと力無く布団に横たわった。
間もなく、眠気が襲ってくるだろう。
その波に逆らわず、身を任せる。
(さて、プレゼントは何がいいだろう)
ひとまず眠りが訪れるまで考えてみることにする。




**
2006-10-16
HAPPY BIRTHDAY!! dear 田島悠一郎
(2007-07-16更新……ひぃ!9ヶ月遅れ…orz)


最後まで気長におつき合いくださり、どうもありがとうございました!



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